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パリポリおやじの小言。

日々のお仕事(Webサービス開発)で感じたことを超個人的な考えのもと綴っています。

それなりやれてた僕が転職を決意した理由。

こんばんは。僕です。

今日は僕が前職で転職を決意した時のお話しをしたいと思います。ただの思い出話です。

今の会社に入社して4年半が経ちました。
今の会社は自社でWebサービスを開発・運営してます。
開発者だけでなく、デザイナー、マーケッター、営業、カスタマサポートなどの職種の人がいます。

前職はいわゆるSierでした。
プライム案件を回すと言うより出向です。
SESって奴でしたね。
ほぼほぼ三次受けの出向でして3社分の名刺を持ってました。
上流工程まではピンで出向して、実開発になると自社のメンバーを引き連れてって感じの案件がほとんどでした。

ありがたいことに名指しでご指定が入るなど評価もして頂けてたので、ある程度は満足していました。当時は技術力と併せて自分で言うのも烏滸がましいのですが、人間力と管理力も高く評価されていました。「俺はデキる男!」と勘違いしてたところもあると思います。
ただ、ある案件で自分の今までの評価と能力のギャップに叩き潰され、今のようなスタンスの仕事では将来的に厳しいと思うようになりました。

その案件と言うのが、数多のWEBサービスを世に送り出している某バケモノ起業の企業戦略的な基幹プロジェクトで、配属されたのが選りすぐりの技術者ばかりが集まったプロパーさんが率いる開発基盤チームでした。しかも1つのユニットのリーダーと言う役割でした。
そのプロジェクトで使われてた技術と今まで経験してきた技術が異なっていたので俺がなぜ?だったのですが、現リーダーが技術者すぎて管理業務ができないから…てお話で管理力を期待されての採用でした。

曲者だらけの技術者集団のド真ん中に放り投げられた感じです。しかも案件真っ只中。
1週間もしないうちに一次受けの会社の営業部長が心配して様子を見に来てくれたりと、実は誰もが嫌がってたポジションだったようです。

まーいつもピンで出向してたし、技術は期待されてないと自覚してたので周りが心配するほど自分は気にせず楽観的でした。

しかし、すぐに叩き潰されました。
やはり開発基盤なので非常にレベルの高い技術的な会話がほとんどで、今までの経験や知識がまったく役に立たず会話についていけない状況に陥りました。技術用語なのか、専門用語なのか、はたまたプロジェクト独自の用語なのか…案の定、曲者メンバーからもナメられっぱなしでした。

何となく想像で理解して、メモっては調べて、あとはハッタリで会話しての毎日です。

この頃から「俺…こんなんじゃダメじゃん!」と本気で思うようになりました。

ただ、まだ聞ける人がいたことは救いでした。
聞いたり調べたりでやっと会話にも付いていけるようになりました。
それでも厳しい環境なのに変わりないので毎日必死でした。

この時点で、将来的な事も考えて今の会社は辞めようと決めてました。
ただ辞めて次にどんな仕事をしたいのか?と言うのは明確ではありませんでした。

その後いくつかのフェーズをこなし、チームのユニットが統合したり、震災があったり、チームのリーダーが入れ替わったり、何だかんだあったのですが、気付いたらそれなりに自由に動ける立場を与えてもらえていました。
逆に言うと何もしなければ暇な立場です。
その頃から開発系ではなく事業系のプロパーさんと絡んで仕事することが多くなりました。

事業系のプロパーさんとの仕事はすごく新鮮でした。価値が生まれる瞬間を目の当たりにしたりとSierとは異なる視点での仕事ができました。
そして自社サービスの会社で仕事がしたいと漠然と思いはじめました。

約2年ほど出向が続いたある日、一次受けのお偉いさんから呼び出されました。
同じ出向先にITDで2年ほど行ってくれないか?とのお話でした。要は2年間の契約延長のお話です。
そのまま正社員に…なんて淡い期待もありましたが、その頃の年齢は33、4です。結婚してます。子供もいます。
35歳を越えて転職活動は厳しいだろうと思ってました。そして当時の会社は辞めると決めていました。「辞めるならうちで?」と言う誘いもありましま。
魅力的なお仕事であるのは間違いなかったので本当に悩みました…でも断りました。 

やはり転職することを選びました。
転職を決意した大きな理由は…
①技術で凹まされて無力さを実感したこと。
②自分で価値を生む楽しさを実感したこと。
…です。

契約終了と同時に会社も辞めて上記を満たせる会社を探しはじめました。

ここから転職活動に約4ヶ月掛かります。そして無職のプレッシャーに押し潰されそうになるのですが、それは別のお話にて。

ではでは。